大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成7年(行ツ)105号 判決 2000年1月27日

上告人

イー・アイ デュポン ド ネモアース アンド カンパニー

右代表者

ロジヤー・L・ソーントン

右訴訟代理人弁護士

花岡巖

新保克芳

染野義信

同弁理士

小田島平吉

江角洋治

小田嶋平吾

染野啓子

被上告人

東邦顔料工業株式会社

右代表者代表取締役

阿部信義

被上告人

日本化学工業株式会社

右代表者代表取締役

棚橋純一

右両名訴訟代理人弁護士

坂井一瓏

中山徹

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人染野義信、同染野啓子の上告理由第一点について

一  本件訴訟に至る経緯は、次のとおりである。

被上告人ら及び訴外日本無機化学工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、上告人が有した特許第九五二〇六五号「クロム酸鉛顔料およびその製法」の特許権について、それぞれ特許を無効とする審判を請求し、併合されたその審理において、無効理由として同一の事実を主張し、同一の証拠を提出した。右各審判の請求は成り立たない旨の審決がされたので、被上告人らは、審決の取消しを求める本件訴訟を提起したが、訴外会社は、審決の取消しを求める訴訟を提起せず、同社との関係では審決が確定した。

二  特許法一六七条は、特許を無効とする審判の請求(以下「無効審判請求」という。)について確定審決の登録があったときは、同一の事実及び同一の証拠に基づいて無効審判請求をすることはできないと規定するところ、その趣旨は、ある特許につき無効審判請求が成り立たない旨の審決(以下「請求不成立審決」という。)が確定し、その旨の登録がされたときは、その登録の後に新たに右無効審判請求におけるのと同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求をすることが許されないとするものであり、それを超えて、確定した請求不成立審決の登録により、その時点において既に係属している無効審判請求が不適法となるものと解すべきではない。したがって、甲無効審判請求がされた後にこれと同一の事実及び同一の証拠に基づく乙無効審判請求が成り立たない旨の確定審決の登録がされたとしても、甲無効審判請求が不適法となるものではないと解するのが相当である。その理由は、次のとおりである。

同一の特許に対して複数の者が無効審判請求をすることは禁止されておらず、特許を無効とすることについて利益を有する者は、いつでも当該特許に対して無効審判請求をすることができるのであり、この特許を無効とすることについての利益は、無効審判請求をする者がそれぞれ有する固有の利益である。しかし、ある特許の無効審判請求につき請求不成立審決が確定し、その登録がされた場合において、更に同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求の繰返しを許容することは、特許権の安定を損ない、発明の保護、利用という特許法の目的にも反することになる。そこで、特許法一六七条は、無効審判請求をする者の固有の利益と特許権の安定という利益との調整を図るため、同条所定の場合に限って利害関係人の無効審判請求をする権利を制限したものであるから、この規定が適用される場合を拡張して解釈すべきではなく、文理に則して解釈することが相当である。

仮に、確定した請求不成立審決の登録により、既に係属している同一の事実及び同一の証拠に基づく無効審判請求が不適法になると解するならば、複数の無効審判請求事件が係属している場合において、一部の請求人が請求不成立審決に対する不服申立てをしなかったときは、これにより、他の請求人が自己の固有の利益のため追行してきたそれまでの手続を無に帰せしめ、その利益を失わせることとなり、不合理といわざるを得ない。

以上のように解するときは、同一特許に対し同一の事実及び同一の証拠に基づいて並行して複数の無効審判請求がされ、特許庁の判断が請求不成立審決と特許を無効にすべき旨の審決(以下「無効審決」という。)とに分かれ、双方が確定する事態が生じ得ることになる。しかし、無効審決が確定したときは、特許権は、初めから存在しなかったものとみなされるのであるから(特許法一二五条)、これとは別に既に請求不成立審決が確定していたとしても、当該特許の効力は失われるのであって、審決の矛盾、抵触により法的状態に混乱を生ずることはない。このことは、事実または証拠を異にする無効審判請求について請求不成立審決と無効審決がそれぞれ確定した場合と同様である。また、同一特許に対する同一の事実及び同一の証拠に基づく複数の無効審判請求につき、いずれについても請求不成立審決がされ、一部の者との関係では確定し、その余の者が右審決に対する取消訴訟を提起し請求認容判決及び無効審決を得た場合もこれと同様に解することができる。

この見解に反する大審院の判例(大審院大正八年(オ)第八一一号同九年三月一九日判決・民録二六輯三七一頁)は、これを変更すべきである。

三  そうすると、被上告人らの無効審判請求がされた時点で、その請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく訴外会社の無効審判請求について確定審決の登録がされていない本件において、被上告人らの本件無効審判請求が適法であるとする原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。

上告代理人染野義信、同染野啓子のその余の上告理由及び上告代理人花岡巖、同新保克芳、同小田島平吉、同江角洋治、同小田嶋平吾の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、結論において是認することができる。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない事項についての違法をいうものであって、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官藤井正雄 裁判官小野幹雄 裁判官遠藤光男 裁判官井嶋一友 裁判官大出峻郎)

上告代理人染野義信、同染野啓子の上告理由

第一点 原判決は、特許庁において昭和五七年審判第一五三二四号事件につき平成一年一二月二七日にした審決が、その取消を請求することのできる訴提起期間の経過により確定し特許法第一六七条の定める効力を有するに至っているにも拘らずこれと同一の事実及び同一の証拠に基づく昭和五七年審判第一三〇八七号事件及び同第一四一九五号事件の審決に対する本訴請求を認容して右確定審決の効力に抵触する原判決主文の判断に及んだことは違法である。

一 訴訟要件の判断の違法

上告人は、特許法第一六七条の適用については、これを公益的規定と解する判例(1)の趣旨にしたがい敢えて裁判所の職権探知をうながす申立をするまでもない、としてきた。しかし原判決は、この規定を私的利益、私的必要により適用を左右できる訴の利益を定めたものとして、本件において右一六七条の適用を認めることは相当でないとしたのであるから、この判決は同法一六七条の規定に反し、民事訴訟法上の訴訟要件の判断を誤ったもので違法というほかはない。

二 本件訴訟にのみ例外とする法解釈による違法

原判決は特に「このような場合」としての判断に及んだ。その意味するところは次の点を指すものと解される。すなわち、原告と訴外会社とが、それぞれ各別に特許庁に本件特許の無効の審判を請求したところ審理は併合されて共通の主張、証拠に基づき併合して審決があり『各件の審判請求は、成り立たない』と判断されたこと、そして、この各件の審判請求のうち、昭和五七年審判第一五三二四号事件の審決は訴提起期間の徒過により確定し、各件のうち他の二件の審決に対しては、それぞれ当事者らが共同して原告となって、その審決の取消しを求めて訴を提起したということである。原判決は、

「このような場合において、同訴外会社に係る無効不成立の審決が確定したものとして確定審決の登録がなされたとしても、原告らが、特許法第一六七条の規定に基づき、遡って本件審判請求の利益を失うものと解し、ひいては、本件訴訟につき訴の利益を欠くに至ると解することはできない」

とした。つまり、「このような場合においては」、特許法第一六七条の規定を適用しないとして、審決取消の訴を提起した二件の審決の分(併合のあった審判事件)については無効審判の請求は成り立たないとした確定審決と矛盾する判決(審決の取消しによりなされる再度の審決も同様の結果になる)が許されるとし、ただ「その理論的構成は種々考えられるが、現行特許法の規定するところとすべて矛盾なく説明できる構成は困難であると思われる」とした。しかし、そのいう本件の場合とは、決して固有必要的共同訴訟の性質を有する特許権の共有に係る場合において、その共有者が審判を請求する場合(特一三二条三項)ではない。特許第九五二〇六五号発明の特許は無効であるとする同一の審決を求めて独立の三個の無効審判の請求が各別になされたのが本件審判事件である。こうした同一の特許権について多数人が無効審判を、同一の事実及び同一の証拠に基づいてすることを禁ずる重複審判請求禁止の規定は存在しない。各請求人は各別に独立して審判を請求するか、あるいは共同して審判を請求するか(この場合は特一三二条一項によるが同条四項の規定による矛盾判断禁止が働く)、または審判手続への参加(特一四八条一項、五項)の手続を選択できる。ただ、数人が独立して無効審判を請求した場合の、その審判の審理と審決の矛盾の回避については、法は、審理を併合し(特一五四条)、併合した審決をすること、当事者の申立てない理由について審理をなし(特一五三条一項)、また、職権で証拠調べを認め(特一五〇条一項)、各審判事件の主張のある同一事実、及び同一証拠における判断に相互対立の生じないための手続が保障されている。

以上の点でも明らかなように、審決において共通の判断をのぞむ者は独立の審判を選ばず共同審判請求なり参加の手続を踏めばよいし、各別に独立の審判請求をした場合でも併合審理、職権審理、職権証拠調べの手続きの保障により矛盾判断が回避される、という構造が採用されている現行法のもとにおいて、数人が各別に審判を請求し、その中の一人が訴を提起せず審決を確定させてしまったからといって(なお、確定判決の登録は、これを知らない第三者が知ることのできるためにする行政庁の職務上の事実行為であるから、確定審決の存在を知る法的地位にある者については登録の有無は問題とならない)、この確定審決には特一六七条の規定を適用せず、訴を提起して、この確定審決と矛盾する審決の成立を当然に許すとする解釈は、右の審判制度の構造からして認められず、こうした矛盾審決の成立を許すということを示し、現にした原判決は特許法一六七条に背反するものといわなければならない。

三 審判における特別の手続保障を無視した違法

数個の審判事件が各別に係属しているとき、そこにおける審判資料、したがって当事者の主張事実及び証拠は、審判の審理の併合により、請求人間では共通の資料となる。すなわち、審理の併合により任意的共同審判請求(特一三二条)をしたか、又は各審判に共同訴訟参加(特一四八条一項)をしたのと同一又は類似の関係が生じ、他人の審判における事実の主張と証拠の悉くを知り得る立場が保障される。

したがって、併合審理の過程で他の請求人の主張、立証の悉くを知って、その中に不利益資料を発見したときは、この不利益を回避するため、自己の審判事件においては、新しい主張、立証をするなり、容易に自己の独立の攻撃防御方法を新しく提出することが保障される。併合審理となったことによってすべての資料の共通が保障されたのであるから、審決の成立があって、その審決理由中に初めてこれらを発見するわけではない。したがって、審決によって、各別の審判請求人は相互に同一事実、同一証拠に基づく請求であったことを初めて発見する、という不意打ちの状態の回避は、右に述べた審理の併合により保障される。

それ故に、併合して審決があったのちに、この審決に対して東京高等裁判所への訴を提起するか否かにつき、すでに審判手続の過程において他人の主張、立証の程度に引きずられることがないように独立した主張、立証を尽す充分な手続の保障を得ていたことになる。したがって、他の請求人の主張、立証以上のことをしないで不利な審決を共に受けるに至るときは、他の請求人が訴を提起しないで審決を確定させることもあり得ることを充分に知り尽して併合審理を受けていた、と解するのが自明の理というべきである。こうした事理のもとに確定審決が存在することをもって、これは訴を提起した者への不意打ちであり、確定審決の効力を強制するものだと解することも誤りである。判決のいうような「このような場合」には一六七条の適用を認めないとすることは、特許庁における審判手続の正当な保障を無視するものであって違法といわなければならない。

本件の場合は、すでに昭和六三年一一月三〇日付の口頭審理期日呼出状をもって併合審理をする旨の通知があり、それ以降一年余の間、各別の審判請求ではあるものの、審理においては任意的共同審判と同じく審判資料共通の保障を得て併合の審決に至ったものであるから、この各別の審判事件のうち、いずれかの事件に対する分の審決が確定するに至ったとき、当然にそれには一六七条の効力が生じ他の未確定事件にも及ぶものと解さなければならない。これに反する原判決は誤りである。

四 外国の違憲判断に基づく違法

原判決が、特許法第一六七条が「何人も」と規定している点に問題の根本があるとして、同条と同旨の一事不再理効を規定していたオーストリア特許法第一四六条二項のうち「第三者からなされたものであっても」の部分が違憲とされ同条項が廃止されたこと、また、この種の規定を有しないわが国の行政事件訴訟法及び民事訴訟法運営において特別の不都合がないことに照らし、本件のような事案にまで特許法第一六七条の適用を認めることは相当でないとした判断は同条の解釈適用を誤ったもので違法である。

(1) 外国の違憲判決引用判断の違法

上告人は、原判決摘示のとおりオーストリア法一四六条二項につき同国の憲法裁判所から違憲の判決があって、これをうけて同条項の削除があったことの経過自体は争わない(2)。

しかしながら、右のオーストリア国において成立した違憲判断は同国法制の特殊な理由によるものであって、わが国の特許法一六七条の存在をいささかなりとも動揺させ、あるいは「何人も」の部分を無視して、もっぱら確定審決の当事者であった者のみに対して適用すべきである、という解釈を生ずる余地は全くない。

すなわち、同国の無効審判においては形式的真実の原則が支配するのであるから、それに基づいて成立した審決に「何人も」拘束されることは平等原則に違反するとの理念に根拠をおくものであった。このような形式的真実の原則の介入を明文をもって排除するわが国においては、無効審判の審理及びその審決の効力の解釈において平等原則の理念に反するものは一切なく、右オーストリア法の違憲判決がいささかなりとも影響を与えるものではない。すなわち、わが国においては、その審理手続において請求から審決に至るまで特別に詳細な規定を設け独立してこれによる審判を行なうものとした。しかも、この手続においては職権探知主義が採用されており(特一五〇条、同一五二条、同一五三条)、民事訴訟法の準用も形式的真実の原則の支配する余地を排してなされている。すなわち、明文をもって民事訴訟法の規定を準用している特一五一条においても形式的真実を肯定するに至る諸規定(例えば三一六条、三三一条、など)を準用せず、特に民訴二五七条を準用するものの「当事者カ自白シタル事実」の部分を準用していない、また民訴二六七条二項中の「保証金ヲ供託セシメ」の部分を準用していない。特に形式的真実の認定を根拠づけることになる擬制自白の規定(一四〇条)などの規定も一切準用していない。なかでも重要なことは「裁判所ハ当事者ノ申立テサル事項ニ付キ判決ヲ為スコトヲ得ス」とする民訴一八六条等を全く準用していないことである。

また、オーストリアにおける特許無効の手続は特許庁審判部において申立に基きなされるが、それに対する不服申立は同系統の最高特許・商標ゼナートにおいて審理されるものの、この機関が最終審となる(3)。すなわち、形式的真実の原則の支配があったと非難される組織上の原因もここにあった。

以上のような法制上、構造上、きわめて異質のオーストリア特許法において確定審決の効力規定の一部が違憲とされたことをもって、これと法制の構造及び組織を異にするわが国の特一六七条の存立と関連づけることは甚だしく不合理というのほかはない。原審裁判官独自の見解にすぎない。

(2) 外国判決を判断の根拠とする違法

なお、原判決はオーストリア国で確定審決の効力を第三者に及ぼす規定が廃止されたことが想起されるとして次の判断を示した。

「このような一事不再理効を定めた規定を持たない我が国の行政事件訴訟法および民事訴訟法の運営において特段の不都合が生じないことに照らせば、本件のような事実にまで、特許法一六七条の適用を認めることは相当でない」

判決は、一事不再理効を認めない行訴法および民訴法の運営においても特段の不都合が生じない、という解釈を示すものであるが、この解釈は一事不再理効を定めた特一六七条の法意を根底から損なうもので、これをもってする同条不適用の判断は違法である。

特許発明につき、これに法定の無効原因ありとしてその特許を無効にする手続は諸外国における行政のあり方によって画一的ではない。しかし、その根底には私人の発明に何らかの財産権としての価値の発生を認め、その発明が法定の要件を具備することを確認した結果が、特許権となる、という構造概念は大陸法諸国において共通し、わが国においても伝統ある解釈として一般に理解されている(4)。

こうした性質のものとして成立した特許につき無効原因があるとして、これを無効とする手続のあり方については権利に重きを置くか、無効という目的に重きを置くかによって画一的ではない。これをドイツについてみると、無効手続を行政庁である特許庁から切り離してドイツ連邦最高裁判所(BGH)を上級審とする特許裁判所の管轄するところとし、また、無効原因ありとされる特許権侵害訴訟においても被告の抗弁をもって争えるとした。特許権という私権の効力は司法裁判所の判断に委ね、特許裁判所のした特許無効の判決のみ対世的効力あるものとするが、棄却判決は既判力のみとする判例を確立した。抗弁による場合は、もとより訴訟物判断としての既判力が及ぶのみである。こうした構造下では、いわゆる一事不再理の効果を認める余地はない。しかし、ここでは当然の如く特許権の法的不安定の問題が発生し、これを憂える批判も高まっている(5)。

(3) これに対して、わが国の場合は、発明に対する査定に基く登録又は拒絶、特許無効等を裁判所における民事訴訟によって直接に判断することはなく、またその是正等の手続も一般の行政訴訟に委ねることもなく、専ら常に専門的知識を有する特許庁の審判手続を経由することのみを要求したのである(6)。そして、この専門的知識をもってする審判における審決との衝突を避けるために裁判所においては特許無効の判断をしないという古典的学説は今日においても微動だにせず、また判例法を支えている(7)。

こうした特許無効の確定は特許庁の審判の審決の主文においてのみに認めるという、わが国法制の基本構造のもとに、その審決の成立のために実体的真実の確定を求める職権探知主義による手続を保障し、その結果として成立した確定審決には、それ以外の判断はあり得ないという公けの保障として一事不再理という公法上の確定力を付与したのである。

五 判決の如き解釈適用により生ずる法的弊害

以上の構造的理由のもとに存在している一六七条の規定は、特許無効の請求が理由なしとして棄却され確定したのちも、この審決と本質を同じくして、請求人のみが交替しているに過ぎない、第二、第三の無効審判の審決に翻弄されるという危険、法的不安定から救済するための唯一の法的保障である。

(1) もし、この一事不再理の保障に本件の如き制限を加えるとき、無効審判請求を不成立とする確定審決を得たのちも各別に係属することの許されている他の審判事件の審理が各別に進行し、あるものには請求認容の審決が、またあるものには請求につき別異の審決が前後矛盾して成立することが許容されることになり、それらがすべて審決取消訴訟を経て、確定するまで特許権の安定性は著るしく害されることになる点で判決理由は法的安定性に対する危険を放任することになる。

(2) また、特許権者は、無効審判請求を不成立とする確定審決に基づき、その有する特許権につき法的安定性を得て、第三者との間に多くの新しい法律関係、権利関係をもつに至るわけであるが、こうした法的諸関係も一六七条の存立を否定する原判決の解釈のもとでは測り知れない障害に遭遇し、かつ、混乱に陥し入れられることになる。

例えば、特許無効の請求不成立の確定審決以後の実施契約等においても、各別に係属した他の無効審判の中のいずれかの請求の分につき請求認容の審決があり確定するに至るかもしれぬという予測不能の審決のもたらす不利益を受忍しなければならない。特許権者は、ただ、無効審判の請求に応対することのみに追われ、実施契約等の締結も事実上困難となるし、仮りに確定審決を信じて実施権を設定・許諾しても、後に成立した無効審決に基づいて実施契約の失効、実施権の消滅に伴う法的危険は単純ではなく予測を越える被害を伴うことになろう。実施権をとってみても、その利用の機会は確実に奪われる。

(3) また例えば特許無効の審判請求の不成立審決の確定後、特許権者は権利侵害訴訟で勝訴しても、その基礎となった特許権につき他に各別に係属していた同一事実及び同一証拠によって無効審判の審決が確定していないとき、特許無効の審決及び取消訴訟の判決が新しく出現するか否か予測不能となるから、勝訴判決を債務名義とする執行手続の開始はすべての無効審判が不成立として終了するまで困難で特許権侵害訴訟の判決主文による執行が事実上不可能となる。

(4) そして、同様の理由で、容易に民事訴訟法四二〇条一項八号に該当する審決の成立の危険が常にあるため、特許権に基づき勝訴判決を得ても、これに基く執行手続に入ることは困難であり、本件判決の採る一事不再理の効力は各別に無効審判が係属しているとき、これら他の請求人らには及ばないとする解釈は特許権に対する司法による保護を著るしく不安定にすることになり違法というほかはない。

(5) 判旨のように各別に多数の無効審判の係属があり、その中の一に対して請求不成立の確定審決以後でも同一事実及び同一証拠による他の各別の審判においては連続して審決が、特許が無効になるまで重複してなされるとすることを正当とすることは法の下の平等を定める日本国憲法一四条に反する。

前述のとおり特許権は発明が法定要件を具備していることの行政上の確認の行為によって設定された私法上の財産権であるところ、その特許を無効とする審決を求める審判請求を不成立とした審決の確定の後でも、同一事実及び同一証拠に基づいてこの確定した審判と各別に同一の無効審判が係属していたという理由のみで再三、再四繰り返して、連続して先の確定審決と異なる審決をなしうるとするとき、特許権という財産権を有する者と、その特許の無効を請求する者との間に、平等であるべき法的地位において不平等が生ずる。

すなわち、無効審判の請求不成立あるいは成立は、その無効原因が特に解釈上見解が分れる発明の進歩性や均等理論の適用も不可避とする技術的範囲の解釈など多くの複雑な解釈にかかわる(ちなみに本件における審決の場合は、特許庁長官は五人の異例の合議体を指定している。この無効審判事件に特別の慎重さを期したことが窺われる)。こうした特許無効の請求において、審判官によって必ずしも常に確定審決の判断と一致する結論に達するという保障はない。つまり特許発明という技術の解釈は通常の権利紛争の解釈と比較することのできない程の確率で解釈と判断の相違が発生する。

したがって、特許無効の審判において請求不成立の確定審決があっても、これと同一事実及び同一証拠に基づいてさらに同一の特許無効審判の審理をなし、繰り返して判断されるとき、後に審決をむかえるいずれかの審判請求については、これを審理して特許を無効とする審決がなされる可能性を阻むことはできない。原判決の理由とするところによれば、こうした矛盾審決の成立が保障されることになるからである。確かにこうして再三、再四の審決を認めれば請求不成立の確定審決を覆す審決の成立もあり得ることであり、審判請求人の利益と必要は最終的に完全に満される。

しかしながら、これとは逆に、特許無効の審決があり確定して、この最初の審決で特許権を失った特許権者側にも、その無効とした審決を覆す請求をみとめなければ、失うものは余りにも大きく、これに対して無効審判請求をする者の側に対する法的救済の保障は各別に係属していた審判事件の数だけ与えられることであって平等でない。以上の点においても原判決の解釈は法の下の平等を定めた日本国憲法一四条に反するもので、到底、これを正当性あるものということはできない、といわなければならない。

(6) 無効審判の請求は、無効とすべき特許の発明内容、その重要性、経済効果などから、きわめて限られた特定の単純な正義感に基いてなされるという性質のものではなく、その特許によって影響をうける業界、経済界を網羅する利益、不利益の観点から多数の者が関心を持ち、この特許の無効を求めて特許庁への手続を起す、というのが通常である。

そこで特許法は、こうした多数人が起す無効審判について、各別に各人が請求する通常の単独請求のほかに、特に、審決の合一確定により無効か否かを一挙に解決するための共同審判の手続を定めている(特一三二条)。その狙いはあくまでも特許無効の審決における矛盾、抵触を回避することであり、民事訴訟法六二条と趣旨を同じくする。

そして、これによることなく、各別に独立して請求することも当然に認められているから、これによるとき、同一の事実、同一の証拠による無効審判が同時に、あるいは時を追って段階的に係属することも容易に起る。この場合、その中のある審判について無効請求不成立の審決があっても、原判決の如く、その審決の確定に一六七条の効力を認めないとなれば、他の残りの係属している多数の特許無効審判の請求人は、それぞれ自己に有利な審決を待てばよいということになる。併合審理又は併合審決をすることも、審理の進行の度合、あるいは取消訴訟との係属の相違、当事者による手続の中止、中断事由等によって容易ではないから、独立の多数の審判が、自己に有利な請求成立の審決を待って係属を維持することも自明のこととなる。しかし、これでは特許法一三二条一項の共同審判の手続は常に合一確定の危険ありとして、これによる合一確定の無効審判請求は制度上の利益を失い、その存在は空文化に至る。

原判決は、こうした法制度の混乱を正当化し、結果において脱法行為にひとしい結果をもたらす弊害の因をつくりだすことになる。

六 判決に於ける判例違反の違法

原判決は、各別の数個の無効審判事件が併合されて一個の審決がなされたが、その中の訴外会社を請求人とする審判の確定審決に対して特一六七条の適用を認めることは相当ではないとする趣旨と解されるが、しかし、この判断は特許法一六七条(旧一一七条)の規定に対世的な一事不再理の効果を付与したものとした判断(大審判昭和一七年一一月一〇日・民集二一巻一〇二〇頁。また最高昭和五一年三月一〇日大法廷判決・民集三〇巻二号七九頁)に反し違法である。

原判決は、とくに本件の場合、多数の者が各別に審判請求人となって特許庁での審理が進行したという時間的経過に関心を抱いた如くである。すなわち、これら多数の請求人は一体となって審決を受け、その審決を不満として東京高裁に審決取消しを求めて訴を提起したが、その中の一社だけ、この審決に不服を申し立てることなく、自己の請求事件のみを確定させてしまったという訴訟経過に重大な関心を抱いたようである(判決六一頁、六二頁)。判決は、特に「このような場合において」と掲記し、また「本件のような事案にまで」と挙げて、本判決が特殊な事案であるかのような印象を抱かせるものがある。もとより原判決より生じるいささかの感情を理解し得ないものではないが、さりとて特一六七条は、そうした感情によって左右されるものではなく、事案の如何を問わず、さきに掲記の判例のいうとおり同条は「確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したもの」であって、確定審決に対して、訴訟係属により未だ係属中の審判事件も特許庁において同時に審決されたものであるか否か、先に係属した審判の審決が確定したのちに、初めて提起された第二順位の無効審判請求であるかの順位を問うものでなく、また、その順位によって一六七条の対世効が及んだり及ばなかったりするものではない。

原判決は、とくに本件は特殊とする表現を使い分けて、判示に及んだ如くであるが、これは前記判例において確定審決のあるところ一律の一事不再理の効力が付与されるとする判断と異なるものであり、これら判例に違反する。

注(1) 大判明治四四年五月二五日兼子=染野判例工業所有権法旧巻四七五頁は、審判請求に対して確定審決のあるとき、審判請求が却下されたか、又は成立しない場合に積極的意義を有する規定であって、旧法以来、その法条としての適法性が争われたことはなく、そして、この同一審判請求を許さざる法意は確定審決の効力を無駄にすることになり、審判制度の公益に反するとするものである。

大判昭和一七年一一月一〇日 民集二一巻一〇二二頁も同一事実、同一証拠に基く二個以上の確定審決の発生を防止し確定の審決の権威を保持せんとするに外ならず、として、その公益性を明らかにした。

注(2) オーストリア国における一事不再理規定を違憲にした憲法裁判所の判決及びこれをうけての法改正の詳細については

sterreichisches Patentblatt 1973,Nr.12.S.150ff.

なお、原判決の理由構成は、右のオーストリア国の違憲判例の観点から、わが国の特一六七条の改正を提言する瀧川叡一・オーストリア特許法における一事不再理規定の廃止(特許争訟の諸問題=三宅正雄先生喜寿記念所収)ならびに同文=特許訴訟法手続論考一〇一頁に極めて近いものがある。しかし、右瀧川論文は審判官の証拠評価からみれば形式的事実も実体的事実も本質的な相違はない、という。

しかし、これは証拠の評価と真実とは何かの問題との混合に由来する誤解と解される。また、わが国の特一六七条の正当根拠も、この峻別の中に存在する。

(3) この点についてはStefan Scheer, Internationales Patent-, Muster- und Warenzeichen-Recht, 52.Aufl., 1993, S.451.

(4) 古く美濃部達吉・行政裁判法三六頁。また、同行政法撮要上巻一五四頁、同一五五頁。そして、この見解は田中二郎・行政法総論三一一頁として発展的に展開されている。また近時は園部逸夫・行政法総論四三頁。

(5) Dieter Liedel, Das deutsche Patentnichtigkeitsverfahren, S.291.

(6) 最高昭和五一年三月一〇日大法定判・民集三〇巻二号七九頁。

(7) ここに古典的学説とは前掲美濃部・行政裁判法五二七頁をいう。判例は古く大審明治三七年九月一五日刑二判・刑録一〇輯一六七九頁以来、わが国の判例史に例外はない。下級審判例として昭和三八年五月七日名古屋高三判・高裁民集一六集三号一八九頁。昭和四七年一〇月二〇日宇都宮栃木支民判・タイムズ二八九号三八二頁など多数。

第二点ないし第四点<省略>

上告代理人花岡巖、同新保克芳、同小田島平吉、同江角洋治、同小田嶋平吾の上告理由<省略>

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